大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和22年(ナ)49号 判決 1948年5月15日

新潟縣東蒲原郡東川村大字七名

原告

渡部銀重郞

右訴訟代理人弁護士

新潟市新潟縣廳内

被告

新潟縣選挙管理委員会

右代表者委員長

石田信次

右指定代理人同委員会委員

植村淸二

同 同委員会書記

桐生源助

新潟縣東蒲原郡東川村大字七名

被告

土屋富榮

右訴訟代理人弁護士

右訴訟代理人弁護士

右当事者間の昭和二十二年(ナ)第四九号村長選挙当選確認請求事件につき、当裁判所は左の通り判決する。

主文

原告の請求は、これを棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は新潟縣選挙管理委員会が、昭和二十二年七月二十二日同縣東蒲原郡東川村長選挙における原告の当選の効力に関して爲した裁決はこれを取消す、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決を求めその請求原因として、(以下省略)

理由

昭和二十二年四月五日執行された新潟縣東蒲原郡東川村長選挙において原告及び被告土屋富榮共に立候補したが、同月六日その選挙会において原告は四百十九票の最多数の得票者として当選人と定められ、四百十八票の得票者として次点者となつた被告土屋富榮は、なお本件係爭の二票は有効投票であるから、その得票総数は四百二十票であるとして、同月八日右当選の効力に関し同村会議員選挙管理委員会に異議申立をしたところ、同月十八日右の異議は理由がない旨の決定があつたので同月二十四日之を不服として訴願をした。然るに新潟縣選挙管理委員会においては、同年七月二十二日右二票は、有効投票であるとして右決定を取消し、原告の右当選は之を無効とする旨の裁決のあつたことは本件当事者間に爭のない事実である。又本件係爭の甲第一号証の投票は「トミイ」の文字を候補者氏名欄と、表面三つ折りの左「村長選挙投票」と印刷してある左肩との二ケ所に記載したものであり、同第二号証の投票は土屋富榮の文字を候補者氏名欄と、裏面三つ折りの中央空白部との二ケ所に記載したものであることは、証拠上明白である。原告は無記名投票は、秘密投票であるから何人が何人に投票したかを知る手段に供せられる可能性ある事項は、選挙の自由と公正を害する素因を含むものとして、無記名投票制の精神に反するものといわなければならない。この故に所謂他事記載の投票は無効とされるのである。それが具体的に選挙の公正を害したかどうか等の主観的、特殊的事情に拘わりなく、客観的、劃一的に無効とせられるのである。投票用紙中に候補者の氏名を表示するには、一個にて足りるから、他の一個を更に記載することは、同一候補者の氏名の表示としては無意味であり、却つて自分の投票であることを他人に知らせる符号として、「他事記載」と同價値であるとし、大量に同種行爲を伴う制度たる選挙においては、客観的劃一的に処理せらるべきであるから、右は無効とせらるべきものであると主張するけれども、被選挙人の氏名が投票用紙の候補者氏名欄に記載されている外、なおその表面又は裏面に同一氏名の記載ある場合であつても、その後者の記載が、投票者の何人であるかを知らしめる等所謂有意の記載と認められる等の特別の場合の外は、かかる記載を他事記載として直に無効であると爲すことを得ないことは、旧町村制第二十五條第五号の規定の解釈、その他旧町村制中の選挙に関する規定の立法精神に照し疑ないところである。本件係爭の投票を檢するに、その記載方法は前記の如くであつて、その二個の「トミイ」及び二個の「土屋富榮」の記載は夫々その筆跡、筆勢が全く同一で、極めて自然に、且、つ素直に表現されていて、その記載上よりすれば、所謂有意の記載、即ち一種の暗号を記入して、投票者が何人であるかを知らしめる手段に供したものと認むべき根拠に乏しい。又本件における全証拠によるもかかる事実を確認するを得ないのみならず、却つて本件弁論の全趣旨に依れば、右は選挙に慣れない選挙人が記載の場所を誤つて、候補者の氏名を記載したので、之を訂正するため、更に正規の場所、即ち候補者氏名欄内に記載したものと認定するを相当とする。又原告は、本件投票がいずれも投票用紙の表面又は裏面に候補者の氏名が書いてあつて、一見して外部から、投票立会人等をして選挙人とその選挙した候補者とを認知させるから、符号を通じて何人に投票したかを知らせる可能性ある「他事記載」と同價値であると云うよりは、一歩進んで投票立会人等に対する関係においては、自己の名を投票用紙に記載する行爲と同價値であつて選挙法の原則上無効であると主張するが如くであるけれども、本件の如き場合は右説明したところで明らかである通り、他事記載として無効なりや、有効なりや、有効なりやの問題の範囲内に存ずると解するを相当とするを以て、之と異る見地に立つ原告の主張は採用し得ない。なお原告は、地方自治法第三十二條第四項の規定を引用するけれども、本件選挙については旧町村制が適用さるべきもので、地方自治法はその適用がないことは明白であるから、同法を論拠とすることは正当でない。然らば本件二票の投票は、何れも有効のものと断ずべきであるから、之を土屋富榮の有効得票四百十八票に加算するときは、同人の得票は四百二十票となり、渡部銀重郞の得票に比較して一票多数となり、最多数の得票者となるから、被告新潟縣選挙管理委員会が、被告土屋富榮の異議申立に対し、爲した裁決において、東蒲原郡東川村会議員選挙管理委員会のなした決定を取消し、東川村選挙会において決定した渡部銀重郞の当選を無効としたのは正当であつて、原告の請求は理由がないから、之を棄却するを相当とし、訴訟費用に付、民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例